日本初の軟式庭球ボールである「アカエムボール」が誕生して135年を迎えました。
今年はソフトテニスが生まれて140年の節目でもあり、東京新聞が創刊140周年の特別版の記事で、「同級生」として取り上げ、「アカエムボール」を紹介しました。記事では、ソフトテニスのはじまりは1884年に体操教師・坪井玄道氏が学生に手ほどきしたことがきっかけと紹介されています。ルーセントの前身である三田土(みたつち)ゴムに、坪井氏が軟式ボールの製造を依頼。硬式球が高価だった時代に、多くの人が安価にプレーできるようにと考えてのことでした。そして、試行錯誤の末にボールが完成したと歴史を紐解いています。
かつては「赤エム」
現在は「アカエム」と表記されていますが、当時は「赤M」。Mは三田土ゴムの頭文字に由来しています。開発後も、研究が重ねられて「軟式庭球界唯一のボール」と称されるまでになり、1952(昭和27)年には公認球として認定されました。
日本庭球史によると、1920(大正9)年の広告では、ボール1個が1円90銭でした。小学校教員の初任給が40~55円という時代です。給料を現在の貨幣価値に置き換えると、ボール1個が1万円前後。「安価」といえども、当時はなかなかのお値段だったことが分かります。
三田土ゴムの1939(昭和14)年の広告では、赤Mボールだけでなく、「野球ボール」「防毒手袋」「工業用ゴム一般」と多様なゴム製品を扱っていたことが分かります。この6年後の45年には、三田土ゴムは昭和ゴムに吸収合併されることとなり、66年には当時の千住工場を廃止し、新設の柏工場を操業開始。その後、社名をルーセントとして現在に至ります。
ソフトテニスの歴史とともに歩んできアカエムボール。黎明期にブランドを確立し、その後は現在の名称になってからも、存在感は変わりません。今も国内トップシェアとして、多くの人に親しまれています。
135周年を迎えるアカエムボールをこれからもどうぞよろしくお願いいたします。